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大阪家庭裁判所 昭和38年(家)2285号 審判

申立人 木村とみ子(仮名)

相手方 木村啓一(仮名)

主文

本件当事者間の大阪家庭裁判所昭和三五年(家イ)第一六九三号婚姻費用分担事件につき、昭和三五年一一月三〇日に成立した調停条項第一項前段をつぎのとおり変更する。

相手方は申立人に対し、婚姻費用(生活費)の分担として昭和三八年七月以降双方の同居に至るまで、

(1)  毎月末日限り一ヵ月金一万五千円宛

(2)  上記(1)の外毎年一二月二〇日限り金三万円、および毎年六月二〇日限り金二万円

をいずれも当裁判所へ寄託して支払え。

理由

申立人は本件申立の要旨としてつぎのとおり述べた。

双方間の婚姻費用(生活費)分担として、さきに当庁昭和三五年(家イ)第一六九三号婚姻費用分担事件につき成立した調停条項第一項で「相手方は申立人に対し長女の養育費として毎月三、五〇〇円を支払う」旨定められたが、その後長女の成長につれ教育費等に増加を来たし申立人母子の生活費が増えてきて、相手方からの三、五〇〇円の送金と申立人の勤労による収入では母子二人の生活を維持することも困難であるところ、相手方は月収六万円を下らない事情にあるので、相手方の妻子に相応しい程度の生活を維持するために、上記条項中三、五〇〇円とあるのを三万円に増額変更することを求める。

相手方は、本件請求につき、郷里の実母に毎月一万円の仕送りをつづけている相手方の現在の生活状況からみて、生活費分担として六、〇〇〇円以上には絶対に応じられない旨を述べた。

本件は、昭和三八年三月二六日調停の申立がなされ同年四月二五日不成立となり審判に移行したものである。

調査の結果によるとつぎの実情が認められる。

(1)  双方は、昭和二四年暮れ挙式の上結婚し同二三年六月一二日婚姻届出をなし、その間に長女道子(同二五年九月四日生)をもうけ、結婚後数年間は平穏な家庭生活をつづけてきたが、その後、双方の性格や生活感情の相違などに基因して夫婦間に風波を生じはじめ、同三二年四月初め相手方が些細なことに立腹し、申立人ら母子を放置して自ら家を出て、同月一七日頃からアパートおもと荘で、その頃すでに交際していた喫茶店員山口咲子と事実上夫婦のように同棲するに至つて、双方の婚姻関係は実質的に破綻し、その後申立人から相手方に対し、親族や知人を介して帰宅する旨いくたびも懇請したにもかかわらず、相手方が固くこれを拒否し帰宅しなかつたため、事実上離別した状態のまま現在に至つた。

(2)  相手方は昭和三二年一月頃から申立人ら家族の生活費を家計に入れなくなり、同年四月家を出て以後はその仕送りを全然しなくなつた。そこで幼ない長女を抱え生活に困窮した申立人は、相手方勤務先の同僚を介して生活費を請求したところ、同僚らの斡旋で、相手方は生活費として一応毎月七、〇〇〇円を手渡す旨を約束したが、これを両三度履行しただけでその後履行しなくなつた。そのためやむを得ず、申立人は、同三三年一月二五日当裁判所へ同居協力扶助を求める旨の申立をなし、同年三月二四日に「双方は当分の間別居することとし、相手方は申立人に対し同三三年四月から同居に至るまで生活費として毎月五、〇〇〇円宛支払う」旨の調停が成立した。

ところでこの調停で定まつた義務の履行について、相手方は、五、〇〇〇円のうちには住宅の月割償還金約一、五〇〇円が含まているので生活費としてはこれを控除した三、五〇〇円を支払えばよい、と解釈し、申立人は五、〇〇〇円全額が生活費である、と主張して、第一回目の履行当時から金額の点について紛争があつた。がとにかく三、五〇〇円の履行については履行期日に僅かに遅れることはあつても概ね順調になされてきた。

しかし申立人としては、五、〇〇〇円から一、五〇〇円を差し引いた三、五〇〇円の仕送りでは、母子二人の生活をとうてい維持できないところから、同三五年八月二日生活費増額請求の調停を申立てたが、この調停においても、相手方の拒否的態度のため、申立人の主張希望にもかかわらず増額は実現せず、同年一一月三〇日に、上記調停条項を変更し「長女の養育費として毎月三、五〇〇円宛支払うこと、住宅金融公庫への月賦償還金は相手方の責任において遅滞なく支払うこと、相手方は申立人現住の府営住宅一時償還金を相手方の責任において完済するように努力することなどを定めた調停が成立した。

ところで上記第二回目の調停で定められた義務は、相手方にとつてさして履行に困難なものでなかつたにかかわらず、その履行状況は思わしくなく、相手方は金融公庫への月割償還金は別として、府営住宅一時償還金については全然その支払をせず、ただ三、五〇〇円の仕送りについては、履行期日に遅れることはあつても当庁調査官の履行勧告を受けるなどして、その履行をつづけてきたが、同三七年二月頃からこの仕送りをも履行しなくなつた。そこでついに申立人は、上記二月以降の遅滞額や上記同居調停で定められた義務の遅滞額等について、各調停調書に基づき、同三七年八月一七日相手方の勤務先に対する給料債権に強制執行をなし、第一回の一万五、〇〇〇円を取立てることができたが、相手方が同年九月七日請求異議の訴を提起しまた同月一〇日執行停止決定を得たため、執行は停止されたものである。ところで請求異議の訴については、同三八年三月二五日当事者間に和解が成立し、同条項として「申立人は生活費毎月一、五〇〇円の遅滞相当額および三七年二月以降の生活費遅滞額等を請求しないこと。相手方は申立人に対し長女の入学祝として一万六、〇〇〇円を贈与すること」などと定められ、この一万六、〇〇〇円については同年五月二四日にその履行がなされた。

(3)  申立人は、上記(1)記載のとおり同三二年四月頃相手方との婚姻関係が実質的に破綻して以後、相手方所有名義の住居に居住し長女の監護養育に当つてきたが、相手方からの毎月三、五〇〇円程度の仕送りだけでは母子二人の生活を維持することも困難なところから、間貸し(一時申立人の姉宅に身を寄せ住居を賃貸したこともある)や内職や薬品会社に勤めるなどして辛うじて母子二人の糊口をしのいできた。しかし生活は苦しくなる一方なので申立人は相手方に対して、昭和三八年三月二六日三度目の生活費等増額請求の申立をし、ひたすら増額を求めてきたが、相手方の「六、〇〇〇円以上は絶対に応じられない」との頑強な拒否的態度によつて調停は不調となり同年四月二五日審判に移行したものである。ところで長女の成長してくるにつれ、その教育上申立人が外に出て働くことも好ましくないので、その後薬品会社を辞め現在ではかや縫いの内職で生計を立てているが、内職による収入は月一万円乃至一万四、五千円である。申立人としては、現在母子二人の生活費として二万七千余円を要するし、相手方が上記調停で定められた責任を果さなかつた為め府営住宅一時償還金約八万四、〇〇〇円を支払うべく親族から借り入れた六万五、〇〇〇余円の負債がある外、現住家屋もかなり朽廃していて修理を要するし、また同家屋の固定資産税も昭和三四年以降三七年までの分一万四、六六〇円および昭和三八年度の第一期以降の分をも滞納している現状であるので、相手方から相手方の毎月の所得約六万円の半額三万円の生活費の仕送りを受けることを希望し、これによつて申立人母子二人の生活を維持し、申立人の内職による収入を負債等の支払いに充てる所存である。

(4)  相手方は現在日本放送協会大阪中央放送局に自動車運転手として勤務し、昭和三二年四月頃相手方に申立人ら母子のあることを知りながら婚外関係に入つた山口咲子と現在肩書アパートで同棲し、その間に一子(未認知)をもうけ三人で生活している。相手方の収入は、昭和三七年の年間総所得の手取額(賃金住宅手当賞与等の総額から所得税住民税社会保険料等を差し引いたもの)で八七万八、一三九円に達し、そのうち同年六月と一二月の賞与手取額は五万六、五八〇円と八万四、九〇〇円であり、同三八年一月から八月まで八箇月間の総所得手取額で五二万九、八八五円に達し、そのうち同年六月の賞与は五万九、六〇〇であり、同期間の平均月額は約六万六、〇〇〇円である。なお相手方には扶養親族として申立人母子と相手方の母があり、扶養家族手当として毎月四、二〇〇円が支給されている。

相手方からはその生活費として相手方の小遣い数千円の外家賃八千円光熱費約二千円その他を合わせて毎月四万円程度を費消し、郷里の母に相手方の述べるように約一万円の仕送りをしているとしても、その生活にはかなりの余裕がある。

さて上記認定の実情その他本件調停の経過によつて知り得た一切の事情に基づいて審案するに、双方は、すでに数年間別居しその婚姻関係は実質的に破綻しているにしても、法律上夫婦であり、しかも破綻の原因が主として相手方の不貞行為にあることの明らかな以上、双方の収入生活状況にてらし、夫たる相手方は妻たる申立人に対し、申立人母子につき自己の収入社会的地位に相応しい程度の生活を保障すべき義務を負うこと言うまでもない。けだし夫婦の婚姻費用分担の義務は、同居・守操の義務などとともに、全人格的結合である婚姻関係の本質に根ざすものであつて、一般親族間の扶養義務と異なり、夫婦の一方(多くの場合本件のような経済力をもつ夫)が他方および未成熟子の最低生活を維持すればよいというものではなく、いわゆる生活保持義務として、他方および未成熟子の生活を自己と同一程度において保障すべき性質をもつものだからである。そこで進んで相手方が負担すべき生活費の額について検討するに、前記認定の(1)(2)の実情によつて明らかな、婚姻破綻の経緯およびその責任の所在、同居義務違反の事実、過去数年間において相手方が分担した生活費三、五〇〇円は申立人の収入にてらし著しく低額であつたし、しかも相手方がその責任において完済するよう努力することを約した府営住宅償還金を全く支払わないで、その責任を申立人に押しつけ、申立人において借財の上これを完済したこと、その他上記認定(3)(4)の実情によつて明らかな、双方の収入生活状況申立人の現住家屋および負債の状況固定資産税の滞納等諸般の実情を勘案すれば、相手方は申立人に対し、申立人母子の生活費を増額し、毎月一万五千円の外毎年一二月と六月の賞与月には三万円と二万円を分担するのが相当である。なおその増額の時期については、上記認定の諸事情殊に相手方が昭和三八年五月一四日に金一万六、〇〇〇円を長女の入学祝いとして贈与している事情等にてらし、同三八年七月以降と定めるのが適切である。

よつて本件申立を認容し主文のとおり審判する。

(家事審判官 西尾太郎)

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